世界遺産と生き神とサドゥと宗教と。

質より量重視の旅が苦手だ。
ひねくれ者と言われればそれまでなんだけれど、○カ国回ったとかいう話に興味を持てない。
そんな思いがグルグル渦巻いたネパール。

Durbar Square(ダルバール広場)

 


ネパールには「ダルバール」と「ダルバート」という言葉がある。
どっちがどっちかわかんなくなるややこしさの上に、どちらも旅行者がこの国で避けて通れないもの。
ダルバールは世界界遺産、ダルバートは食べ物。
最後まで区別がつきにくかった。







ダルバール広場は1つでない・・・?

世界遺産にも登録されている、このダルバール広場。
実は、カトマンズ渓谷にある3つの都市(カトマンズ、パタン、バクタプル)それぞれある王宮広場の名称らしい。
ということはダルバール広場と呼ばれる場所は3ヵ所存在するのだ。
カトマンズでチベットの疲れを癒しすぎて、カトマンズ以外は訪れなかった。(反省)



ダルバール広場へ行くには、外国人はチケットカウンターでチケットを購入しなくてはいけない、と言われている。
・・・言われている?
そう、言われている。
というものも、よく見てないとチケット売り場がどこにあるのかさえ見落とす上に、スタッフはやる気ゼロ(むしろスタッフがどこにいたのか教えてほしい?)なので、チケット購入せずに入場できてしまう。
広場内に配置されている警察官からのチケットチェックとかも一切ないし。 





ダルバール広場は 観光客で賑わっているというよりはローカルの憩いの場だ。
皆、ただ座ってぼーっとしたり、友達や家族とおしゃべりをしたり。



ダルバール広場に来たからには訪れなくてはいけない場所。
というか、ここに来るためにダルバール広場に来る人も少なくないんじゃないだろうか。

クマリの館

この建物には生き神クマリが住んでいる。
クマリに選ばれるのはネワール族の由緒正しい家庭に生まれた女の子のみだ。
それだけではない、その他にも体に傷跡がないなどの多くの条件が揃わないとクマリには選ばれない。
また、初潮を向かえると同時に新クマリと交代するのが決まりとなっている。
中には初潮が30代になってもこなかったクマリもいたそうだ。
9月のインドラ・ジャットラなどの祭の際には建物の外に出てくるが、それ以外は両親とも離れ、伝統的な風習に縛られながらこの建物内で生活をする。(勉強は館内でできるそうだ)
しかし、2歳や3歳の幼児にとって、いきなり家族から引き離され、建物から出ることが何年も許されない生活は決して精神的にも肉体的にも容易ではないだろう。幼児虐待に当たるのではという人もいて、人権問題にもなっているこのクマリの制度。
伝統と信仰と人権。難しい。





そんなクマリが生活する、このクマリの館は外国人も含めた一般に公開されている。
公開と言っても、入場できるのはロの字型の建物の中庭のみ。
毎日16時(と10時?)に正面の窓からクマリが顔を出すらしい。

クマリと目が合えば運がよくなり、幸せが訪れると言われている。
私も、クマリを一目見たい、たくさんの観光客やローカルと一緒に彼女の登場を待った。
(カメラでのクマリの撮影は絶対禁止。警察も見張っている。)

但し、その日のクマリの気分で結局出てこなかったり、出てきても一瞬だったりすることもあるみたい。
2、3日前に見に行ってきたゆうじくんは、めっちゃ簡単に見れた!と言っていたので、期待していいんじゃないのか。



16時。
来るか来るか。今日のご機嫌やいかに。
一瞬群衆がざわついたと思ったら、窓からクマリが私たちを見下ろしていた。
拍子抜けするほど、さくっと現れてくれた。

クマリが出てきた瞬間、目を合わせるのに必死だったのは私だけではないはず。
それが、意外と長い時間のように感じられ(1分くらいだっただろうか)、この日は機嫌は上々だったようだ。

濃い化粧の印象的な目で上から睨みつけるように見渡すクマリに神秘的な怖さも感じたけれど、10歳にもならないような子どもが毎日これをしてるのかと思うとまた別の感情も生まれる。


クマリ風メイクが似合うかわいい子を発見。




 クマリは一人でない・・・?

「パタンに行けばクマリの写真撮れるよ!」なんてことをネパール人から聞く。
ほんまかいなと思って調べてみると、どうやらこのカトマンズのクマリの館にいるクマリはロイヤル・クマリと呼ばれるクマリでパタンにいるローカル・クマリとは別人らしい。
ネパール全国にクマリは12人もいるなんてびっくりだ。



クマリを見た後、ダルバール広場をウロウロとしていると、私たちに熱い視線を送って手招きしてくる三人の姿が見えた。



サドゥ!!!!!
サドゥに出会った・・・???

サドゥとは、いわばヒンドゥー教の修行者だ。
インドとネパールには400-500万のサドゥがいると言われている。
(インドではサドゥは死亡者と見なされており、お葬式を自分であげる人もいるのだそうだ。)
髪も切らず髭も剃らず、瞑想や様々な苦行を課し、インド、ネパールにある聖地を巡礼している。
本物のサドゥは衣服を纏う時は、俗世を放棄したことを示す枯葉色の質素なものを選ぶ。
衣服は持たず、ふんどし一枚、裸で生活するものもいるのだ。




以上から判断すると服の色があれですね、すごく俗世カラーですね。
インドにもネパールにも観光客目当ての偽者サドゥーがいるとは聞いていたが色がインチキっぽい。
真相はいかに。




非宗教国家ネパール

ネパールの宗教と聞いて、私が真っ先にイメージしたのはネパール仏教だった。
ストゥーパやタルチョのイメージが強かったからかもしれない。
しかし、実際は仏教徒であるネパール人は人口の1割足らず。
8割以上がヒンドゥー教徒なのだ。
もちろん少数派として、イスラム教、キリスト教、ジャイナ教、ボン教の人もいる。




2006年ネパールは非宗教国家だと宣言した。
この国でも宗教対立は存在する。
それでも宗教や伝統、そしてそれぞれの神が共存できているのであれば、それはすごいことだ。



クマリはどうなのか。
クマリはネワール族の中から選ばれる。
もともとネワール族は仏教を信仰していたが、ヒンドゥー文化の流入によって独自に融合したと考えられているそうだ。
彼らの話す言語ネワール語はチベット・ビルマ語派であり、ここからも仏教のルーツを感じることができる。
しかし、クマリ自体はヒンドゥー教や密教の神であって仏教神ではない。



今世界中でおきている争いの発端は宗教対立から来ているものがほとんどだろう。
そしてその争いによって毎日たくさんの命が奪われている。
先人たちの残した歴史的建造物なども次々と破壊されている。
人々の幸福の為始まったはずの宗教が人を殺す理由になってしまっているのは何故なのか。

異なる文化、宗教の人たちが集まれば様々な不具合が生まれるだろう。
ここに住む人たちは、日本で生まれ育った私には想像の出来ないような困難を経験しているのかもしれない。
非宗教国家の宣誓の裏に、たかが数週間滞在した外国人の私には感じることのできない、宗教間の壁は存在するのかもしれない。


ネパールはアジア最貧国のうちの一つだ。
初等教育さえも受けられない子どももたくさんいるし、農村部の貧困や少女の人身売買など抱える問題は少なくない。
それでも、実際に訪れることでこの国に興味を持ち、調べ、学び、情報を共有することができた。
 質より量の旅に興味はない。
ただ急ぎ足で駆け回った、旅行した国の数なんかより、そこで何を見てどう感じたか、何を学んだか、それをいかに発信できるかが、私にとっての旅の醍醐味であると思い続けたい。

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